
僕は、このサロンの隅の長椅子に上等のハバァナを咥えている。頭の上に蔦を垂らしているのは鉢植えの南瓜に違いない。広い葉の鉢を隠したかげに黄色い花の開いたのも見える。「ええ、ざっと見物しました。-どうです、葉巻は?」 しかし老人は子供のようにちょいと首をひねったなり、古風な象牙の煙草入れを出した。これもどこかの博物館に並んでいたのを見たとおりである。こう云う老人は日本はもちろん、西洋にも一人もあるまい。佐藤春夫にでも紹介してやったら、さぞ珍重することであろう。僕は老人に話しかけた。
「不思議な島」・・芥川龍之介
明治から大正時代の作家達はやはり、煙草を吹かしながら物を書いていた人物が多そうだ。特に文壇の著名人の中には。我々は作家と葉巻の関係を追って、新宮市にある佐藤春夫記念館にやってきた。東京にあった屋敷を移築したもので、太陽光の入るテラス屋根のある洋風作りの2階建ての家である。中には和室もあった。そんなに大きくはないが、コンパクトで住みこごちが良さそうな感じである。1階の少し広い洋風のリビングルームはいかにも、シガーを吹かすのに最適な雰囲気である。クラシックホテルの一室で、窓のステンドガラスから午後の鈍い陽の光が差し込む中、シガーを吹かし、まどろみの時間を過ごすといった感じであろうか。その部屋の木のテーブルの上に置かれた凝った作りの煙草を入れたケースを発見した。やはり、佐藤春夫は煙草のアクセサリーにまで凝る趣味のようであった。2階の佐藤の愛用した小物の入れてあるショーケースには、当時としては高価であったろう、ロンソンタイプのオイルライター数個や装飾の施された灰皿などもあった。芥川との親交のしるしか、芥川の自筆の河童の絵も和室にあった。スモーカー同士でもあったようだ。佐藤春夫記念館を離れ、新宮のおおじか浜に行った。台風の余波で波の轟音が響いていた。我々は風の吹く中シガリロを取り出し、火をつけ吹かした。新宮の街はなんとなく、野性的な感じのする街であった。

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